【コラム】美少女ゲーム考1: 私はギャルゲ的な展開や要素を楽しめなくなったのか?

コラム その他ゲーム全般

前後編かもしれないし、続くかもしれないので“1”です。

つい最近、久々に美少女ゲーム……というか、ギャルゲというかアドベンチャーというかビジュアルノベルというか、ともかくそれに類するゲームを一気に崩したんですが、その時に色々考えたことのひとつを書き出してみます。

不定期コラム第二回目の今回は、美少女ゲーム考の初回として、近年感じていた「ギャルゲっぽい展開や要素に対する忌避感は、私がもうギャルゲを楽しめないことを意味するのか」といったあたりを考えてみます。

※なお、ギャルゲやそういった美少女に関するコラムですが、参考画像としての美少女画像の掲載は皆無ですので、萌え萌えキュンな画像を期待して読むと絶望します。 徹頭徹尾テキストオンリーです。

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もとは、非ギャルゲで感じていた忌避感

実をいうとだいぶ前からこの忌避感は自覚症状としてあり、それはもとはというと非ギャルゲで散見されるギャルゲ的な展開や要素に対して起きていたものでした。

具体的には、アニメやゲームで文句を言いながらも最後までひととおり完走してしまった「ソードアート・オンライン」だとか、アリシアに一目惚れした「ダンジョントラベラーズ2」(まぁギャルゲメーカーだから当然かもですが)だとか、そういった作品などでキャラのかわいさには一定以上の反応を示しつつも、どうしてもうけいれがたい感情も沸き起こっていました。

ここでいうギャルゲ的展開とは定型的なものというわけではなく、ギャルゲで多く見られたお約束展開などを指しています。 そして、先に挙げた作品などでは、メインジャンルが異なるにも関わらず、それらを導入しています。

傍目にはたいして魅力のないヘタレ系・やれやれ系・巻き込まれ系主人公がなぜだかモテまくって、その気がないのにラッキースケベに預かるなど、裏山死刑を通り越して単に死刑を求刑したくなるようなアレです。

遡ること更に数年前においてもこうしたものに対しては否定的だったものの、単純にそのスチル(一枚絵)なりの出来・不出来で良し悪しを判断していました。 しかし、しばらくギャルゲ全般から離れ、そしてその矢先にこうしたギャルゲ的展開を含んだ作品に触れてみた時、スチルの出来を問わず受け入れがたいと感じるようになっていたのです。

ここから、ギャルゲから離れてゲームによらず様々な経験を重ねたことで、ギャルゲ的展開を受け入れられない……というか、何も考えずに楽しめなくなったのではないか、と思うに至ったのです。

CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!で確信を強める

この疑問を確信に近づけたのが、先日プレイしたCHAOS;HEADのファンディスク「CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!」でした。

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CHAOS;HEAD自体は妄想科学ADVを自称していて、作中でもオタクな主人公による妄想によるエロい(時にはグロい)シーンが挿入されていました。 しかし他方で渋谷で起きる猟奇事件も本作では重要な役割を果たし、プレイ当初は思いもよらないような方向へ進んでいくのが魅力でありました。

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そのファンディスクの方はというと、頭の悪そうなタイトル通り内容自体も頭の悪そうな会話と展開が大半を占め(実際はちゃんと本編の流れを踏襲してるんだけどね)、むしろバッドエンドのほうがCHAOS;HEADらしく楽しかった程度には、個人的には退屈で、不快で、結果的にはほとんどの部分を飛ばし読みしていましたが、じっくり読んだとしてもどのみち私には楽しめなかったようであります。

私としては、本編の方は妄想というものを、胡散臭い電波な科学的な設定で一定の説得力とリアリティを増して一本のシナリオにしたところに惹かれており、正直なところヒロインをはじめとして登場人物にはさほど惹かれるものを感じませんでした。

ファンディスクの方では、そのたいして惹かれないキャラによる恋愛模様をメインにして、そこに後からCHAOS;HEADのエッセンスを加えた印象であるため、どうしてもオカルト・都市伝説的な味わいやリアリティが薄く、没入感も低かったです。

ファンディスクは、キャラもしくはキャラが紡いだ物語に魅せられたファンに向けてのものなわけですが、物語はともかくキャラに感情移入できていなかったこのファンディスクが楽しめなかったのは、至極当然な結果なのかもしれません。

ではなぜキャラに感情移入できなかったのでしょうか。

リアルにしすぎる必要はない。 しかし、一定のリアリティーは必要

端的に言えば、キャラクターに重みがないんです。 血肉が通っていないとも言えます。

CHAOS;HEADに登場するキャラは、そのテーマ上仕方がないのですが、みんな癖ぞろい。 思考や言動もどこかしらイカれています。 みんなが狂っていたとしたらそれは狂っていることにはならないのかな的なアレで均一化されているからこそ、なんとなく作品単体で見たら統一感があるだけであって、個々で見たら相当電波なキャラしかいません。

で、そんなキャラの言動や織りなす物語というのは、どうにもペラいんですよね。 本編ですら、人間ドラマ部分は正直イマイチながらも全体の流れには引き込まれるといった塩梅でしたので、ファンディスクに至ってはペラいキャラによるペラい物語でしかなく、興味を持てるシロモノではなかったのです。

ギャルゲには限らず、ゲームや映画・小説・漫画の登場人物は大半が創作上の人物です。 そして非現実的・非日常的な題材を取り扱う作品が星の数ほどあるわけで、そのファンタジーな物語を紡いでいくのはやっぱり非現実的なキャラであることもしばしばです。

私はリアリティー至上主義ではなく、そうした非現実的なもの……誤解を恐れずに言えば「ウソ」でも作品が面白くなるとか、どうしても必要な要素であればあっていいと考えています。 しかしそれにはやはり限度というものがあるとも思います。

リアリティーが尊重されるのは、やはり作品で描かれる物語や世界を構築する設定などに説得力をもたらす点でしょう。 完全に剣と魔法のファンタジーであったとしても、ベースとなる世界は中世ヨーロッパの情勢や制度を参考にしているものが多いですし、そうした作品は魔法が飛び交ってドラゴンが空を飛んでいたとしても特に違和感なく世界に意識が入り込めるものです。

そしてことさらにキャラにおいては、このリアリティーはキャラが存在することの説得力向上の他に、共感や理解を促す意味もあります。 現実世界でも(是非はともかく)誰が言ったのかというのは重要です。

そこのところで、なにか創作の世界で同じセリフを言ったのだとしても、リアリティーを備えたキャラが言うのと、リアリティーが感じられず単につくりものめいたキャラが言うのとでは、説得力も重みも味わいも変わってきます。

強烈な個性を持たせるというのは作り手の意向ですが、もしそのキャラを真に愛してほしい・受け入れてほしいのであれば、頭の先から爪先までファンタジーにしてしまうのではなく、最低限、人間として認識できる程度の言動を備えたリアリティーが必要だと思うのです。

一定のリアリティーがあるからこそ、その他の「ウソ」もその世界に意識があるうちは、真実味を帯びてくるというものじゃないでしょうか。

ヒロインのスペックが低すぎる

古い作品になるほど傾向が顕著にも思えますが、本来魅力的であるはずのヒロインのスペックが低すぎる場合も、個人的には感情移入を阻害されます。

スペックというのは見た目とかおっぱいのサイズのことではなくて、そのヒロインの有する知識や思考力、言動から見る精神年齢などです。

古くは、Key作品に見られたようなアホの子を軽く通り過ぎた頭の弱い子。 今ではそれよりはマシなものの、いくらなんでも知識不足すぎる・純粋すぎる子たち。

無論、メインターゲットは男性であるゆえ、庇護欲を喚起させるとか、可愛いと思える要素を特盛りにした結果こうなっているのでありましょうが、ちゃんとこの先自立して生活していけるのだろうかと不安になるキャラは今でも見かけます。 人間として平均的ではないヒロインが目につくのです。 もちろん、目につくだけであって、実際の全体に占める割合は減少傾向にある気もしますが。

とはいっても純粋な子やアホの子の可愛らしさもわかるんです。 わかるんですが、ともすれば主人公がいなければ破滅しそうなヒロインとかになると、ちょっと意図的すぎて受け付けないという我ながら面倒くさい塩梅だったりもするもんで。

また、主人公が本当にてんでダメなヤツにもかかわらず好意を持ってくるヒロインにも閉口します。 ダメな男に惹かれる女というのもいるっちゃいるようなんですけれども、人を見る目がないというのは揺るぎない事実なわけで。 明示的ではないものの、将来的に大なり小なり過ちを犯しそうで個人的にはこちらもNOです。

もしかしたら、私の観測範囲外にいる“一般的な”人たちは思っている以上に頭がよろしくないのかもしれない。 でも、それが事実なら、世の中が回っていくはずがなく、結果的には私の生活も巡り巡って成立しないはずなのです。 そう考えると、やっぱりそうしたヒロインの知性というものは、平均以下だしメリットには思えないなぁと。

※無論、そうである理由がある(物語に関係する・しない問わず)んであればいいのですが、テンプレート的に頭が弱くて人を見る目がない=可愛いキャラの法則として生まれたキャラには魅力を感じないということです。

だいぶ話がギャルゲ的展開からキャラに移ってしまいましたが、ともあれ、そうしたキャラがいくらうらやまけしからん展開を繰り広げたとしても、感情移入しがたいキャラがイチャコラしているだけなので、単に目障りで気色悪く感じているのだと私は思います。

一部で共通し、それ以外で対極を成すToHeart2 AnotherDays

CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!で深手を負い、満身創痍の中崩しにかかったのがToHeart2 DX PLUS収録の「ToHeart2 AnotherDays」でした。

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こちらは先程のCHAOS;HEADとは異なり、ド直球の王道な学園恋愛モノとなっていて、今ではほとんど聞かなくなった葉鍵系というくくり(いわゆる泣きゲーの前身)を生み出したToHeartのシリーズ作品です。

そういう意味ではこちらも負けず劣らずのギャルゲっぷり……というかむしろ、こちらは大事件が起きるだとかといったこともあまりなく、(ファンタジーではあるものの)常識の範疇をそれほど大きく逸脱しない、まさに王道ギャルゲと言えるシナリオが特徴的です。

そんなToHeart2のファンディスクがAnotherDaysなのですが、世間一般には評価がわかれるというか、熱心なファンであるほどに否定的意見が多い作品でした。 理由としては、キャラの改変(特に主人公が輪をかけてひどい)が大部分を占め、そのあたりを耳目にしていたので期待せずにプレイしてみたのですが。

なんということでしょう、そんな評価渦巻く本作に没頭してしまいました。

確かに、気に食わない部分は多くありました。 人物の改変もそうですが、主人公にはイライラさせられっぱなしで、特にMAI WAIFUのシルファのシナリオの終盤における主人公の言動には純粋に殺意が湧きました。 お前にシルファとくっつく資格なんてないぞ、と。

他にも途中まではいいものの、少し色気が出てきたとたんに一気に気色悪くなる菜々子シナリオ(菜々子自体はとても可愛いです)・吉岡チエシナリオ、徹頭徹尾勝手にやってろな内容で気色悪いだけだったこのみ&環シナリオなどなど、全体的に本編よりもクオリティを落としています(もっとも、ほとんどはクソみたいなスタンスと思考の主人公のせいですが)。

しかしそんな本作であっても、テキストの平均的レベルは非常に高く、ついつい没頭して読み進めてしまう魅力があったのです。 そしてテキストとはつまるところ、登場するキャラに血肉を通わせ、リアリティーを増すものであり、方向性はともかくその存在感は確たるものになっていました。

もちろんそんなキャラたちのイチャコラについても、主人公がクズなので「おい、クソ野郎。 そこを代われ!」的なややポジティヴな感情の方が多く、単にペラいキャラたちがなんかベタついて気色悪いのともまた異なる感情が生まれていました。 ベッタベタなギャルゲ的展開でも、否定的ながらもある程度は楽しめていたのです。

確かに、アレなキャラのイチャコラはNGですし、ギャルゲ的展開に対して否定的であることには変わりありません。 しかしながら、心の一部では楽しんでいる部分も確かにありましたし、そうした桃色吐息な展開以外の部分では本作の世界に没頭していたわけですから、なにがなんでもギャルゲ的展開やそうした趣が受け付けなくなったわけではないようです。

その大きな差は、先にも述べたようにキャラに一定以上のリアリティーが感じられたからでしょう。 見た目や声といった記号的なものだけではなくて、人格や思考といったパーソナリティー部分に魅力があってこそ、はじめてそのキャラが紡ぐ物語が魅力的になるのです。

このあたりが、CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!とToHeart2 AnotherDaysの差であり、私が受け入れられるかどうかの分水嶺と言えましょう。

まだ楽しめる余地はある。 キャラ次第で。

色々とグダグダ書いてきて、いまいち判然としない様相を呈しておりますが、結局のところはキャラ(の描写)次第なんだと思います。 そこに説得力があって、理解もしくは共感もできて、創作上の人物だとしてもしっかりとパーソナリティーが確立されているからこそ、ギャルゲ的な展開や要素をなんだかんだ楽しめるのではないかと。

今回プレイしたタイトルはいずれもだいぶ前の作品ですので、“今”のギャルゲがどのような傾向にあるのかは正直なところわかりません(興味がわくタイトルがほとんどない、というのが実情ですが)。 しかし、今のギャルゲがどうあれ、私のこの分水嶺は揺らぐことがないでしょうし、単に可愛いだけではMAI WAIFUに認定することなんてないです。

見た目や声が可愛いキャラなんて(言葉は悪いですが)掃いて捨てるほどいるわけなので、そこに血肉を通わせ、重みを持たせたキャラこそが、長らく愛せるキャラに昇華していくのだろうと私は思います。 そうした本当に魅力的なキャラが織りなすシナリオであれば、ギャルゲ・非ギャルゲ問わず、それっぽい展開や要素があったとしてもハナからNOを突きつけることもないでしょう。

結局のところ、中身の重要性も高く、ペラくて空っぽなキャラが何をしてもNGということなのです。

こぼれ話: AnotherDaysプレイ中のできごと

ここからは完全に余談なんですが、「ああ、シルファ最高だよーまーりゃん先輩もなんだかんだ好きだよー」と気色悪いくらいに悶えつつAnotherDaysをプレイしていました。 そして、ヒロイン……と言えるのかはちょっと疑問なものの、ともかく、ルートが存在する柚原春夏というキャラを攻略していたわけなんです。

幼なじみであるメインヒロインの一人・柚原このみの実母です。 つまり幼なじみのお母さんに恋をする……的な感じで、最後にはなるようになるというか、本編を含めても現実的で収まるところに収まるわけなんですけれども、ルートクリア後にあることに気がつきました。

PS3版をプレイしていたのでルートクリアするとトロフィーがピロン♪と取れるわけなのですが、奇しくもこのトロフィー取得時である2月18日というのは……この柚原春夏の声を担当した声優・本多知恵子さんの命日だったのです。

私はとくに本多知恵子さんのファンといえるほどではないのですが、割と好きなキャラ(プル/プルツーとか笹後とか)にクレジットされている人でもあったので、以前やっていたブログでも訃報として取り上げたこともありました。

それ故、一方的で勝手な思い込みには違いないのですが、本当にたまたまプレイしただけであったとはいえ……いや、たまたまだったからこそ、こうしてトロフィー取得の日付が故人の命日に一致したことには何かの巡りあわせを感じざるをえないのです。

不謹慎とは重々承知しながらも、このトロフィーは思い入れのあるトロフィーのひとつです。 シルバーグレードのトロフィーはたくさん持っているけれども、このトロフィーだけは特別な唯一のトロフィーになったのです。 つくづく、惜しい人を亡くしたものです……。