【コラム】クリアに数十時間“かかる”のと“かける”のでは意味が違う。

コラム その他ゲーム全般

久々のコラム回。 今回はゲームのプレイ時間というか、クリアまでの時間について書いてみようかなと。

世に言う大作ゲーム・長編大ボリュームゲームっていうのは、クリア時点で数十時間を記録していることが珍しくないわけですが、その数十時間が“かかった”時間なのか、“かけた”時間なのかでは意味が違うよね、というのを、思考整理も兼ねて書いてみます。

本記事における「(クリア時点でのプレイ時間が)数十時間」は、50時間前後級を想定しております。

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クリアまでに数十時間“かかる”ゲーム: 和ゲーに多い印象。

最初は、クリアまでに数十時間が“かかる”ゲームから。 これは、誤解や語弊を恐れずに言えば、和ゲーに多い印象のゲームです。

このタイプのゲームは、すなわち(J)RPGなどに多いんですが、普通にやってても数十時間をクリアに費やさねばならないものばかりです。 その理由としては、重厚長大なストーリーや、おつかいやら反復履行を強要するクエスト、最近のゲームだと素材集めなどが含まれます。

また、自ら「豊富なやりこみ要素」を謳い、実際は開発側による「やりこませ」要素を搭載したゲームもこの傾向がある気がしますね。 作業的であったり、冗長な演出やストーリーが、プレイ時間を引き伸ばします。

こうしたゲームって、確かにハマり込んでクリアした時の達成感もひとしおなんですが、こと、ある程度歳食ってくると「腰が重い」「かったるい」と感じるゲームが多いんですよ。 それはゲームがどうこうっていうより、プレイヤー側の問題ではあるんですが。

他方、プレイ時間引き伸ばしのために、反復履行や食傷気味になってきた素材集めやクエスト形式の嵩増しなんかが、作業的で冗長で面倒くさい印象を植え付けやすい気もします。

この形式だと、ハマれば継続的に長時間プレイに拘束しておけますが、ハマらないとしんどい印象だけが募ってなかなか手を出しにくくなってしまいます。 私としても、ちょっと興味があって買ったものの、こうした印象が拭えずに積んでしまっている和ゲー・JRPGが多いです……。

クリアまでに数十時間“かける”ゲーム: 洋ゲーや一部のインディーに多い印象。

単に歳食ったせいで長時間ゲームができなくなった、クリアまでが長いゲームがやる気しなくなっただけでは? という声が聞こえてきそうですが、必ずしもそういうわけではないです。

例えば直近で言えばFallout4。 通算にはなりますが、クリア時点で60時間くらいはプレイしていましたし、現在100時間を超えています。 でも、プレイ中は作業的だとか冗長だとかは思わなかったです。

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また、Fallout4のプレイ後に熱が再燃したSkyrim。 Steam版は当初大した時間プレイしていませんでした(それでも20時間くらい)が、今やこちらも100時間弱プレイしておりますし、やっぱりプレイ中は苦痛を感じることは皆無でした。

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その他にも、特に私は飽きっぽく移り気・浮気症にもかかわらず、初回で数時間プレイしたものなどもあり、それらの多くは精神的な負担というかハードルの高さを感じなかったものばかりです。

で、それらのタイトルの多くが、前述のような「豊富なやりこみ要素」を特に謳っていないんですよね。 言い換えれば、「やりこませ」要素がない・あるいは「やりこませ」られてる感がないんです。

基本的にプレイヤーの意志や意欲を尊重しており、やりたければ更にどうぞ……まだまだ様々なコンテンツをご用意しています、くらいのスタンスの作品が多いんですよね。 もしハマらなければメインコンテンツだけサクッと10~20時間で終えられるし、ハマればそれこそ数十時間とか遊んでもまだEDに至ってないとかっていう状況も起きてきて、しかもそれが苦じゃないっていう点で共通しています。

こうした一種の寛容さを持ち合わせつつ、没入感もしっかりと確保しているゲームは、クリアまでに数十時間“かける”のも珍しくはなく、それもまた思い出のひとつとなりえます。

さりとて数十時間“かかる”ゲームが悪ということではない。

ここまでの書き方的には私は数十時間“かける”ゲームを好んでいて、ともすれば、数十時間“かかる”ゲームを悪し様に書いているように見えるかもしれませんが、それもまた正しいとはいえません。

何より、数十時間“かかる”ゲームでも、プレイやクリアが苦ではなくむしろ好ましいゲームがあるからです。 例としてあげるならドラゴンクエストシリーズでしょうか。

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DQは普通にクリアまでプレイしても余裕で数十時間“かかる”ゲームです。 ゲームプレイ自体も(カジノのような時間を“かけ”たくなる要素があるので例として適しているかわかりませんが)作品ごとに差異こそあっても基本的には一本道なのですが、それでも苦痛じゃないんですよね。

結局のところ「やりこませ」要素や、望ましくないボリューム嵩増しがあまり良くないのであって、時間が“かかる”ことすなわち悪ではないのです。

実際、素材集めだとかレベル上げといった、コツコツと積み重ねて自らを高めていく作業的プレイを好む人も相当数いますので、そういう人にとっては時間が“かかる”ことは問題にはなりにくいかもしれません。

また、時間を“かける”タイプのゲームも合う合わないっていうのはあって、例えばマインクラフト(エンダードラゴン討伐を一応のクリアとして)なんかもその例だと思います。

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マイクラはその自由度の高さゆえに、ともすれば何をすればいいのかわからない、何をしていいのかわからない、というプレイヤーもいます。 マイクラはサンドボックス系の特性上、自分で目標などを規定していく楽しみ方になっているんですが、明確にストーリーや目的・目標を与えられてそれをクリアしていくのが好きな人には合わない……ということなんです。

結局のところ、プレイヤーのスタイルや気質・好みに合うかどうかっていうところが重要なのです。

クリア時間が“かかった”のか“かけた”のかを見極めて、よりよい選択を。

なんとなくぼんやりと、クリアまでに時間が“かかる”ゲームと“かける”ゲームの違いがわかったような気がします。 そしてそれは良し悪しというより、マッチングの指標であると。

前項でも書いたように、時間が“かかる”のか“かける”のかの違いは自分の好みに合うかどうかであるので、例えば、レビューや紹介文でざっくりとクリア時点でのプレイ時間を見た時に色々と推察が可能です。

また、様々なレビューなどと比較してみて、(作品そのもののボリュームも関係しますが)2~3時間など数時間程度の差であれば、それは“かかる”時間であるでしょうし、数時間とか倍くらい差が開いているものは“かける”時間なんじゃないのかなと。

具体的に言えば、概ね30~40時間に固まっているんであれば、それくらい時間が“かかる”ゲームだろうし、20時間でクリアした人もいれば60時間でクリアした人も100時間やっててまだクリアしてない人もいるなら間違いなく“かける”時間の差でしょう。

そうしたクリア時間を見た場合に、じゃあ自分はどうなんだろう、と。 時間が“かかる”ゲームを好むのか、時間を”かける”余地のあるゲームが好きなのか。 そうした判断材料のひとつになるんじゃないかと思った次第です。

時間が“かかる”ゲームが好きなら価格に対する概ねのプレイ時間がコスパ的な意味で評価軸に強く出てくるでしょうし、時間を“かける”ゲームなら別の評価軸が前に出てくるかもしれません。

そうすることで、「ダラダラとゲームプレイが長引いてかったるい・冗長だ」とか、「長く遊べると思ったが、あっさりとメイン部分が終わってしまい割高感と物足りなさを感じた」とかいう事故を多少は減らせるんじゃないかと思います。 そうしてより良い、自分にあった選択をしていきたいところです。 ただでさえ積みゲー体質なので。

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